東京高等裁判所 昭和46年(行ケ)111号 判決
(争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願商標の構成および指定商品ならびに本件審決理由の要点が、いずれも原告主張のとおりであることは、当事者間に争いのないところである。
(本件審決を取り消すべき事由の有無について)
二 原告は、本願商標からは「カミノモト」の称呼は生じえないと主張するが、本願商標は、「加美乃素」の漢字を筆記体風で上段に左横書し、「スマートニツク」の片仮名文字を同じく筆記体で下段に併記(下段の「ス」は上段の「美」の下部にある。)してなるものであるから、その文字部分から「カミノモトスマートニツク」の一連の称呼が生ずるが、簡易、迅速をたつとぶ取引の実際においては、しばしば、その一部だけによつて簡略に称呼され、一個の商標から二個以上の称呼の生ずることは、経験則の教えるところであり、これを本願商標についてみると、「加美乃素」の語と「スマートニツク」の語は上下二段に分離して併記され、しかも、上段の「加美乃素」の語は漢字であり、下段の「スマートニツク」の語は片仮名文字であり、両語は観念上不可分の関係にもないから、見る者の注意は両語に分離せられ、「スマートニツク」の称呼のほか、上段の「加美乃素」の漢字に対応して、単に「カミノモト」の称呼をも生ずるものというを相当とすべく、証人若松道雄および伊吹亢志の各証言中右認定に反する部分は、直ちに措信することはできない。
原告は、商標の称呼は具体的商品を特定しうるものでなければならないから、本願商標のように社標と特種製品マークとが結合されている場合には、同社の他の商品と区別する必要上、社標から称呼は生じないと主張するが、元来、商標の本来的機能は商品の特定ではなく出所表示などにあるから、その称呼は必ずしも具体的商品を特定しうるものに限られるということはできない。商標が常に原告主張のように具体的な一の商品を特定しうるものに限られないことは、商標法第六条および同法施行令第一条に、商標登録出願は、一または二以上の一群の商品を指定してすべきものと規定されていることからも首肯しうるところである。したがつて、商標の称呼も一の具体的商品を特定しうるものに限らないことは明らかであり、右と異なる見解を前提に、社標から称呼を生じないとする原告の主張は採用するに由ない。
原告は、本願商標から引用商標と同一の「カミノモト」の称呼を生ずるとしても、本願商標を付した商品の取引にあたつては商品特定の必要から必ず特種製品マークをも指示しなければならないので、引用商標と混同を生ずるおそれはないし、また、「加美乃素」の表示が引用商標と取引上混同されたことはない旨主張するが、本願商標が先願登録にかかる引用商標と称呼において類似し、その指定商品においても後記認定のとおり相類似する以上は、一般世人はこれらの商品が同一の営業主の製造または販売にかかるものと誤認し、出所の混同を生ずるおそれがあるものと認めるを相当とし、引用商標不使用の事実があるとしても、その登録が取り消されない以上、かような事実は叙上認定を動かすに足りないものというべく、その他この認定を覆すに足る証拠はない。もつとも、証人若松道雄および伊吹亢志の各証言は、原告の主張に副うもののようではあるが、これらの証言は、引用商標が戦後不使用となつた(この事実は、原告の認めるところである。)後の取引事情に関するものである等の事実に照らすと、その主張を証する十分な証拠とはいい難い。したがつて、右原告の主張は採用の限りでない。
これに対し、引用商標の構成および指定商品ならびに登録出願、登録および存続期間の更新登録の年月日が本件審決認定のとおりであることは原告の認めて争わないところであり、引用商標からは、その構成からみて、「カミノモト」の称呼を生ずるものといわなければならない。
右のとおり、引用商標からは、「カミノモト」の称呼を生じ、本願商標からは、「カミノモト」の称呼を生ずるから、両者は、称呼において類似するものであり、また、それぞれの指定商品は取引の実情に徴し相類似するものというを相当とするから、本願商標は、商標法第四条第一項第一一号により、その登録を拒絶されるべきものである。
(むすび)
三 以上のとおりであるから、その主張の点に違法があるとして本件審決の取消を求める原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないものというほかはない。よつて、これを棄却する。
〔編註その一〕本件における請求原因は左のとおりである。
一 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和三五年九月二日、別紙第一記載の商標(以下「本願商標」という。)につき、登録第四七七〇二二号商標外一〇件の登録商標の連合商標として、商標登録出願をしたところ、昭和四〇年四月一六日拒絶査定を受けたので、同年六月一二日これに対する審判を請求し、同年審判第三六三〇号事件として審理されたが、昭和四六年六月三〇日、「本件審判の請求は成り立たない」旨の審決があり、その謄本は、同年八月一八日原告に送達された。
二 本件審決理由の要点
本願商標および登録第三六九五八二号商標(以下「引用商標」という。)の構成、指定商品および登録出願年月日ならびに引用商標の登録および存続期間の更新登録の年月日は、別紙記載のとおりと認められるところ、両者は、外観上は互いに区別しうる差異があるものといえるが、称呼の点からみると、本願商標は、「加美乃素」および「スマートニツク」の文字に相応し、一応、「カミノモトスマートニツク」の一連の称呼を生ずるとしても、商標中上段の「加美乃素」の語と下段の「スマートニツク」の語はその構成ならびに態様からも(「加美乃素」の語は漢字であり、「スマートニツク」の語は片仮名文字で、しかも、上下二段に横書されている。)、また、観念上も密接不可分の関係にあるものとは認め難いから、単に「加美乃素」の漢字の部分に相応し、「カミノモト」の称呼を生ずるものといわなければならない。これに対し、引用商標は、「髪のもと」の文字に相応し、「カミノモト」の称呼を生ずること明らかなものである。したがつて、両商標は、称呼、観念を同じくする類似の商標たるを免れない。つぎに、両商標の指定商品の類否について判断するに、両者(頭髪用化粧品と旧第二類染料、顔料、媒染料、塗料)は、旧商標法(大正一〇年法律第九九号)施行時においては商品の類別を異にしていたが、最近における取引の実情に徴すれば、旧第二類に属していた頬紅、口紅その他の化粧用顔料は化粧品販売店において頭髪用化粧品と一緒に販売されているものであること明らかなものであるから、両者は類似品であると判断せざるをえない。してみれば、本願商標は、引用商標と称呼を同一にする場合があり、その指定商品も互いに類似のものであるから、商標法第四条第一項第一一号の規定に該当するものとして、その登録を拒絶すべきである。
なお、出願人(原告)は引用商標は「ハツノモト」の称呼をも生ずる旨主張するが、漢字「髪」が「ハツ」の音を有するものであることは否定しえないとしても、「髪」が「カミ」の訓読音を有することも明らかであり、しかも、商標中「のもと」の語は「の素」「の元」などの意義を有するものと認められ、いずれも訓読音であるから、頭初の漢字「髪」も「カミ」の称呼を生ずるとするをむしろ自然とするものと認められるから、この主張は採用できない。
三 本件審決を取り消すべき事由
引用商標の構成および指定商品ならびにその登録出願、登録および存続期間の更新登録の年月日が本件審決認定のとおりであることは争わないが、本件審決は、本願商標および引用商標の称呼および観念の認定を誤り、本願商標は引用商標に類似のものであるとの誤つた判断に導いた点において違法であり、取り消されるべきである。すなわち、
本願商標は、取引上「カミノモトスマートニツク」と一連に称呼されるだけでなく、単に「スマートニツク」の称呼をも生ずるが、「カミノモト」と称呼されることは到底ありえない。商標の称呼とは、商標が取引において使用された場合に、商品の需要者により自然に呼ばれると考えられる名称をいうのであるから、具体的商品を特定しうることを要するところ、本願商標は原告が取締役会長の地位にある株式会社加美乃素本舗の社標である「加美乃素」と新製品マークである「スマートニツク」を結合したものであり、同社は、このほかにも、商品胃腸強健薬について「カンポリジン」、商品練歯みがきについて「YODOYA」、商品化粧石鹸について「Mayalon」、商品果汁液について「プラミー」など多数の他種商品を製造、販売し、これらの商品についての商標には右各特種製品マークに例外なく「加美乃素」の表示が付記されているから、需要者が株式会社加美乃素本舗の特種製品である「スマートニツク」を購入しようとすれば、単に「カミノモト」というだけでは商品を特定できず、「カミノモトスマートニツク」または単に「スマートニツク」と指示しなければ、所期の商品を入手することができないのであり、取引の経験則上「カミノモト」として取り扱われることは決してありえない。元来、社標には大別して、二つの使用態様、すなわち、一つは、「ソニー」、「ナシヨナル」などのように、自社製品のすべてについて社標だけを使用し特種製品マークを使用しないもの、他は社標に必ず特種製品マークを併用して使用するものとがある。前者の場合は、「ソニー印」、「ナシヨナル印」などの単一称呼をもつて取引上取り扱われるのが通例であるが、この場合は、商品を特定する必要上、「ソニー・テープレコーダー」、「ソニー・トランジスターラジオ」というように社標に製品の普通名称が必ず付加される。ところが、後者の場合は、社標と特種製品マークとが結合され、当該商品の普通名称は付加されていないから、需要者が当該商品を購入するにあたつては、「社標と特種製品マーク」または単に「特種製品マーク」だけを指示せざるをえず、社標だけを指示することはありえない。
本願商標において、漢字の「加美乃素」の表示は、株式会社加美乃素本舗の著名な商標であるとともに社標であり、看者に信用と優秀な技術を誇る同社のイメージを喚起させ、本願商標の他の構成部分である「スマートニツク」が「発明賞に輝く加美乃素」とか「失地回復」などのキヤツチフレーズで親炙されている同社の製品であることを想い出させ、これらは有機的に一体となつて商標としての機能を発揮するのであるが、「髪のもと」の文字を筆記体風に縦書してなり、戦後使用されてもいない引用商標からは、このような観念は到底生じない。
商標の審査において、引用商標との外観、称呼または観念の類否を吟味する理由は、これらが相互に相紛らわしく、取引上商品の出所につき混同を生じ、商標を使用する者の業務上の信用維持に支障を生ずることを慮ることにあるところ、前記のように、需要者は本願商標が使用された商品を購入するにあたつては、必ずや「社標と特種製品マーク」または単に「特種製品マーク」を指示せざるをえないのであるから、本願商標における「加美乃素」の表示と引用商標とがその称呼において一致するとしても、両者は取引上決して混同を生ずるおそれはない。また、「加美乃素」の表示は、株式会社加美乃素本舗の前身である合資会社山敷神港堂が昭和七年四月商品養毛毛生剤について使用し始めてから今日に至るまで盛んな使用を継続しているが、引用商標と取引上混同されたこともない。なお、引用商標は戦後使用されていないし、また、本願商標自体も現実には使用されていない。
〔編註その二〕 本件に関する別紙は左のとおりである。
第一 本願商標
「加美乃素」の漢字を筆記体で上段に左横書し、「スマートニツク」の片仮名文字を同じく筆記体で下段に併記(下段の「スマートニツク」の頭文字「ス」は上段の「美」の下部にある。)して成るもの
指定商品 第四類 養毛トニツク(出願当初は頭髪用化粧品。昭和三八年五月一三日訂正)
第二 引用商標
昭和二一年一一月一五日登録出願、昭和二二年九月一八日登録、昭和四三年七月二七日存続期間更新の登録、登録番号第三六九五八二号
「髪のもと」の文字を筆記体風で縦書して成るもの
指定商品 旧第二類 染料、顔料、媒染料および塗料